さまざまな使い方を想像しながらたどり着いた「不均質なワンルーム」
2019.11
[お話を伺った方]
新宿パークタワーラウンジ設計[建築家・中川エリカ氏]
2018年4月のオープン以来、新宿パークタワーで働くオフィスワーカーの憩いの場であり、ミーティングスペースとしても活用されている「新宿パークタワーラウンジ」。こちらを設計したのが、建築家の中川エリカさんです。 多くの人から愛されている「新宿パークタワーラウンジ」で、このスペースに込めた思いを伺いました。中川さんが目指したものは、オフィスビルに存在する意義のある“前例のない場所”作り。
"使い方"も含めて場所や物を設計することの大切さ
中高生の頃の中川さんは数学が好きで、数式を解いていくことにゲーム的な楽しさを見出していたそうです。大学も、迷わず理系を選択。
「もともと手を動かして物を作る図工も好きだったので、数学と図工が組み合わさったような建築学を学んでみようかな、と思ったんです。実際に大学に入ってからも、思うように設計できるようになっていく過程が楽しかったし、教えてくださる先生の建築熱にも感化されて、自然と建築家という将来を選んでいましたね」
大学では北山恒氏、大学院では六角鬼丈氏と、日本を代表する建築家に師事。その時の教えは、今でも中川さんの思考の核になっているといいます。
「北山先生は、『その建築を作る理由を、建てる街の中から見つけてきなさい』とおっしゃっていました。そして、六角先生は『模型を上から眺めるだけでなく、横から見て身体的に考えなさい』という教えを徹底していました。表現は違いましたが、2人の先生から"客観的に考える"ということを教えてもらったんです」
2人の師からの教えは、今でも中川さんの土台になっているといいます。
「建築家の好みを優先するのではなく、いかに環境にマッチし、使い手に寄り添って考えられるか、ということを体感的に教わってきました。建築家として独り立ちした今でも、場所や物を、実際の使い方を含めて設計することを大切にしています」
また、ユーザーの使い方は、建物そのものやインテリアから生まれることもあると、学びました。
「物がもたらすパワーって、絶対にあると信じているんです。例えば、大きな天板のテーブルを作ったら、まったく接点のない人同士がテーブルを共にして、新たなアイデアが生まれるかもしれない。前例がないものに新たな事例を与えることが、物のパワーだと思っています」
緩い違いを重ねることで見つけやすくなる"お気に入りの場所"
「新宿パークタワーラウンジ」こそ、前例のなかった事例。企画段階では、"オフィスビルの付加価値になる施設"というテーマが提示されていました。
「ランチに使う方がいればシエスタみたいに使う方もいて、オープンな会議の場として利用する人もいるかもしれない、と伺っていたんです。要は、何にでも使える空間にしなければいけなかった。『ラウンジ』という名前がついていますが、建築的に名前のない場所の事例を作るチャンスだと思いましたね」
空間のコンセプトを考える中で、中川さんの頭に浮かんだものが"お花見のレジャーシート"。使う人が自由に座る場所を選択し、その場の密度もコントロールできるという特徴を取り入れたのです。
「ラウンジ内の照明や壁の質感、イスに変化を持たせて、休みたい人は暗めの場所、会議をしたい人は明るめの場所を選べるような、不均質なワンルームを目指しました。緩い違いを重ねると、エリアの選択肢が増えて、お気に入りの場所を見つけやすいかなって」
中でも、特にこだわった部分がテーブルの大きさや高さ。1つのテーブルを大人数で詰めて使えば距離感が縮まり、少人数で使えばゆったりと過ごせるように、使う人が密度を調整できる造りになっています。
例えば、高さ110cmのハイカウンターは、立ったままコーヒーを1杯...という小休憩にもフィット。73cmの広いテーブルは、大きな資料を広げてミーティングが行えます。ベンチとして利用できる45cmは外向きに座るため、周囲の視線が気になりません。
「高さだけでなく、体の向きもバラバラにすることで、距離は近くても視線が気にならない空間にしました。ただ、空気はつながっている状態を作りたかったので、テーブルの脚を木材だけではなく鉄材も混ぜて、できるだけ壁のない状態にしました」
また、テーブルの脚の組み方も、様々な線材を適材適所に組み合わせながら一定にしないことで、このコーナーは2人で挟むように座る、このハイカウンターは3人で並んで座るなど、ざっくりとした使い方の提案ができるように工夫したそうです。
「空間、テーブル、イス、すべての模型を作って、『ここを押すと倒れそうになるから足を増やそう』と、実験に近い形で検証していく作業が面白かったです。具体的にオフィスワーカーの方々の使い方をイメージしながら、形にしていきました」
働き方にいい影響を与える空間であってほしい
「新宿パークタワーラウンジ」が完成してから、何度か訪れているという中川さん。そのたびに、想定していたものとは違う使い方を目の当たりにし、驚かされることも多いそう。
「夕方に近い時間帯に、囲碁をやっている人達の隣で、別のグループが会議を行っていて、さらにその隣にはスイーツを食べている女性がいたんです。一般的に隣り合わないであろうアクティビティが、干渉することなく並んでいる姿を見ると、空間の不均質さが役に立っているのかなと思いますね」
73cmのテーブルの天板を広くし、ゆとりを持たせたのは、1つの平面を複数のグループが共有できるようにするため。「その機能が生きていて、うれしいです」と、中川さんは話します。
「オフィスワーカーの方々の働く習慣に、このラウンジがいい影響を与えていたらうれしいです。朝、コーヒーを飲みながら仕事の準備をするとか、職場のデスクの上には収まらない資料を広げて企画を練るとか、仕事に寄与する使い方をしてもらえたら、オフィスビルの共有部ならではの意義が出てきますからね」
「これからも前例のないものを、チャレンジングに作っていきたい」と話す中川さんが、あえて不均質に作り上げた「新宿パークタワーラウンジ」。ランチタイムはもちろん、ひと息つきたい時や軽いミーティングを行いたい時にも、フィットする場所が見つかるはずです。ぜひ、さまざまな用途で活用してみてくださいね。
[PROFILE]
東京都生まれ。2005年に横浜国立大学建設学科建築学コースを卒業、2007年に東京藝術大学大学院美術研究科建築設計専攻を修了。2014年に独立し、中川エリカ建築設計事務所を立ち上げる。
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